固定電話
ワシらがガキの頃はスマートフォンどころか携帯電話すらなかった。
電話の時は固定電話にかけるので、誰が出るかわからない。
「畳ですが、一条さんのお宅ですか?ヨシオ君いらっしゃいますか?」
というように丁寧な応対が必要だった。
しかし、そういったことが年上、目上の人間とのコミュニケーションをとる練習になり、言葉遣いを覚える大事な機会でもあった。
ワシが中学生の頃、その固定電話を活用し、連絡網という、クラスを出席番号順に数人ずつ系統だてた表により、迅速に連絡をまわすシステムが構築されており、学級閉鎖など、学校からの緊急連絡は連絡網がお決まりだった。
中学2年生の時同じクラスだった、徳田君。
徳田君は、父親が警察官ということもあり、おそらく厳格な家庭環境なのだろう…
寡黙でまじめな男で、我々のような程度の低い人間とは一切かかわりを持たないタイプだった。
随分昔の事なので用件は忘れたが、その連絡網で、ワシが徳田君の家に電話をかけなくてはならない事があった。
学校で一言も口を聞いたことがない徳田君。
ワシらとは一番縁遠いタイプの徳田君。
よい高校、よい大学に行って、一流企業に就職して、出世しそうな徳田君。
そんな徳田君の家に、ワシなんかが電話することすら、申し訳ない気持ちであった。
どんな親なんだろう。
ダイヤルする指が震える…
ジリリーーーン!!ジリリーーーン!!
ガチャ!!
「あ、もしもし?徳田さんのお宅ですか?」
「はぁい!!」
中年女性の声。
どうやら父親ではなく、母親が出たようだ。
少しほっとする。
しかも、声から想像する姿は上品なおばさまというよりどっちかっちゅうと田舎のおばちゃん的な親しみやすいイメージだ…
しかし油断は禁物だ!!
「あの、ノブユキ君の同級生の畳と申しますが、ノブユキ君はご在宅でしょうか?」
完璧!!
「あぁぁーー!!はいはいちょっとまってぇ!!」
電話なのでもちろん目に見えるわけではないが、徳田君のおかんは、おそらく受話器を耳から外し、口の部分を手で押さえながら大声で叫んだ。
「にいちゃぁぁぁん!!テレフォーーーーーーン!!」
徳田君の家では電話の事をテレフォンというらしい。